『ヤラセ』とは

完全に旬を逃した話題ではありますが

とある人気番組での『ヤラセ』が話題になりました。

『ヤラセ』とは

解釈の仕方が色々あるみたいですが

解釈が「色々ある」というのは

製作者サイドの言い訳が色々ある、というだけで

実際のところ

『ヤラセ』の定義とはひとつしかなく

偶然起こったこと自然発生したこと実際にあったことなら面白い、凄いけど

作られたものだったとしたら面白くもないし凄くもない、ものを

偶然起こったように、元から有ったかのように偽ること

だと私は思います。

例えばお芝居や映画は

脚本演出があるワケで嘘ですが

それを「真実です」と偽らなくても面白いワケで

それを『ヤラセ』という人はいないと思います。

つまりそういうことです。

脚本や演出があることを観ている人たちが解っていることが前提で

それでも面白ければ「真実です」と嘘をつく必要は無いワケです。

「真実だ」と偽らなければ面白くなく感動もしないものしか作れなかった製作者サイドの言い訳が『ヤラセ』なんじゃないでしょうか。

しかし

写真についてはどうなんだ?

と、解らなくなります。

被写体が良く見えるように自然発生ではない人工的な光を当てることは、実際の見え方とは違うから『ヤラセ』だろうか。

まあ、テレビの世界でもライティングぐらいで『ヤラセ』とは言わないか。

ただ

シミシワを消したり痩せているように加工するのはどうだろう?

例えば

商品の写真であれば、実際の色と違いがあるかもしれないという注意書きがありますが

人物の写真で

「これは加工済みです」という注意書きは観たことがなく

また、観ている側も、その人物の美しさなどを「真実だ」と思って観てしまうことの方が多いと思うので

厳密にいうなら『ヤラセ』の部類に入れても良いのかもしれない。

最近は加工をしないという流れもありますしね。

実際の風景にはあり得ないモノを足すのも『ヤラセ』の部類でしょうね。

色の強調やコントラスや明るさの調整については難しい。

実際の色に近づけていると言っても

撮って未加工の写真が実際の色ということでもなく

「実際の色」というのが、撮った人の中にしかない。

その人が思う色に近づけていく行為を『ヤラセ』とは言いづらい。

作品作りとしての調整も

見る側が調整済みであることを、ある程度理解していると思う。

それでもパッと見で調整を意識させない見事な写真に対して

「よく考えたら調整されてるんだよなあ」なんて考えだしたら作品を純粋に楽しめなくなるわけで

そこはあえて言わないツッコまない方が双方楽しめる

という空気がある気がする。

でも

それを言い出したら

テレビの『ヤラセ』も

「そういう細かいところはツッコまない方がお互い楽しめるんじゃないですか?」

って言いたくなるよね。

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