カメラはiPhoneで十分、を学歴で例えると

例えば

社会に出ても足し算、引き算、掛け算、割り算があれば十分だから高学歴は必要ない

というようなことを言う人がいたとして

それは

その人が足し算、引き算、掛け算、割り算で十分な仕事をしているから

であって

実際は

頭の良い大学での勉強が必要な仕事は山ほどある。

iPhoneで十分(スマホで十分)

もそれに似ていて

iPhoneで十分と言う人は、iPhoneで十分な写真しか撮らない人の話

というと解りやすいと思う。

しかし

実際問題

中学までの勉強がちゃんとできていれば

仕事も含め、ほとんどの面で問題なく生活できるのも事実だろう。

iPhoneのカメラの実力も今、中卒、もしくは高卒くらいのレベルまできていて

多くの人にとって多くの面で十分な撮影ができる、と言える。

それはつまり

iPhoneのカメラで撮れない写真を撮らないと

一眼レフや一眼ミラーレスを使う意味がない

という流れになりつつあるのかもしれない。

別の例えとして

一眼レフカメラ、一眼ミラーレスカメラは運動神経が良く頭が悪い、脳筋のイメージ

スマホのカメラは頭が良く運動神経が悪いガリ勉のイメージ

運動神経とは何か

それは

狩りをする能力が高い

という意味に近い。

素早く逃げ回る獲物、大空を飛び回る獣、真っ暗闇の中で逃げ回っている獣を狩るチカラが運動神経の良さになる。

スマホの運動神経は、動かない植物の実を採取できるくらいに例えられるだろうか。

頭の良さとは

その捕らえた獣を美味しく食べられるようにする能力の高さ。

その素材に対する科学的な分析も含め、最終的にどれだけ美味しい料理として完成させるか。

一眼レフカメラ、一眼ミラーレスカメラの頭の良さは、捕らえた獣を焼くか、塩をふるくらいに例えるのが適切だろうか。

つまり

一眼レフカメラ、一眼ミラーレスカメラは頭が悪いワケだから

使う側が頭が良くないといけない。

JPEG撮って出しなら、シチュエーションに合った設定がスマホアプリに負けないレベルでちゃんとできる技量

RAWも同じく、スマホアプリに負けない結果を現像で出せる技量

そういうものを持っている人が扱ってこそ、一眼レフカメラ、一眼ミラーレスカメラで撮る意味があると言える。

スマホのアプリは一流のレタッチャー、デザイナー並の能力がある上に、それが誰でも簡単に操作できてしまい、なおかつ日々進化し続けるワケで

仮にスマホでも撮れる写真を一眼レフカメラ、一眼ミラーレスカメラで撮るなら

スマホアプリを超える能力を自分が持ってないと無意味に近いということになる。

 

うむ

書いてて良くわからんくなった

 

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